企画・企画書のヒント−“なぜ”から考える46−なぜ、つまらないことをするのか?
それは“なぜ”なのか、理由がわかることで、見えてくることがある。あたりまえと思っていることでも、“なぜ”当たり前なのかはわからないことがある。そんな“なぜ”を、日常の世界から探し、考えることで、企画や企画書づくりのヒントにしようというのが、このシリーズの趣旨。
しかし、この、“なぜ”のその探究には、著者なりの主観や直観、推測、憶測、感覚、本能、そして何よりも企画マンとしての資質が含まれている。なので、読者の方は、ここに書かれていることを簡単に信じないで、自分なりにとらえ、解釈、思考、分析してから、自分の意見として採用するように。
●なぜ、つまらないことをするのか?
つまらないことは発想力を鍛えるからである。
<見方>
当たり前だが、人は、楽しいこと、おもしろいこと、気持ちのよいこと、うれしいこと、おいしいものなどを求める。それも、簡単に、楽に、苦労することなく、求めようとする。人とはそういうものだから、そういう人が多いのは仕方がない。しかし、少しとらえかたが違う人もいて、本当の楽しさやおもしろさは、なかなか手に入れることなどできないと思って、いろいろ考えて、人がやらないことをしたりする。
ところで、この世には、つまらないこと、不快なこと、気分が悪いことなどもいっぱいある。そういったことを避けて通ることもできるが、避けて通れないこともある。避けて通ってはいけないことさえある。避けられなければ、我慢すればよいのだが、それだと辛いだけである。その場合、つまらないことの中におもしろさを発見するような考え方を持ったり、行動することだ。
例えば、レポートを書くのがつまらないと思っているとする。そう思って、ただもくもくと我慢して作業するはしんどいだけである。そういうときは、レポートには写真が必要なことにして、撮影しに外に出かけて、リフレッシュする。あるいは、レポートを色やイラストを使って、楽しく演出することを考える。また、話が合う人に相談して、意見を取り入れながら、書いていく。やり方をちょっと変える、何かを加えるだけで、レポートを書くという作業が少しは楽しくなるはずである。
つまらないことを楽しくするのは、発想力の訓練になる。つまらないことの中に、おもしろいという価値をみつける。そうした発見した小さな価値が、つまらないことをガラっと別のものに変えてしまうこともある。
国家の指導的な立場にいる人でさえ、人のお金を使ってまで、楽しいゴルフをしたり、料亭でおいしいものを食べるという誘惑に負けてしまうのである。ある意味、それは人間的であるともいえようが、あまりにも安易である。そこには、価値観の欠如がある。お金がなければ、自分でできることをすればよいのである。お金をかけなくても、できること、やれること、楽しいことはいろいろなところにあるし、それが発想力を鍛えるのであれば、やらない手はないではないか。
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