企画・企画書のヒント−“なぜ”から考える19−なぜ、英語学習は、英文→訳文とたどるのか?
それは“なぜ”なのか、理由がわかることで、見えてくることがある。
あたりまえと思っていることでも、“なぜ”当たり前なのかはわからないことがある。
そんな“なぜ”を、日常の世界から探し、考えることで、企画や企画書づくりのヒントにしようというのが、このシリーズの趣旨。
しかし、この、“なぜ”のその探究には、著者なりの主観や直観、推測、憶測、感覚、本能、そして何よりも企画マンとしての資質が含まれている。
なので、読者の方は、ここに書かれていることを簡単に信じないで、自分なりにとらえ、解釈、思考、分析してから、自分の意見として採用するように。
●なぜ、英語学習は、英文→訳文とたどるのか?
英語とは、まず理解するものととらえているからである。
<見方>
ビジネスマンとしての能力を高めるために、今さらながら英語の勉強をしている。
仕事を広げていきたい、より言葉のプロでありたい、やはり英語ができるとかっこいい、といういくつかの理由がある。
そして、何かを始めるのに遅いということはないと思っているからだ。
それでも、日頃、英語ができなくて不便ということもないから、見につくスピードは遅い。
しかし、不思議なもので、英語をやっていることを知っているわけないのに、英語の企画書を作成する仕事がきたりする。
それも、特に英語で作ってもよい、作らなくてもよいというゆるやかな条件で、今の私にはぴったりである。
そういうめぐりあわせはあるものだ。
こういう仕事を重ねていくと、英語の企画のプロになれる。
話が少しズレたが、始めたのは5月から、やっているのはNHKラジオのビジネス英会話である。
といっても、ラジオを聞いているわけではない。
NHKが2007年度いっぱい実験的にやっているインターネットのMedia Player放映版で聞いている。
これは便利である。
毎日決まった時間ではなく、いつでもやりたいとき、仕事の合間でも聞ける。
ラジカセのスイッチを入れたり、カセットを操作したり、録音をセットする必要が一切ない。
ラジオでやっている前の2週間分があるので、聞き逃しがない。
おまけにテキスト代ひと月350円しかからない。
キャスターの杉田敏とアシスタントのクリス松下もよい。
だからこそ、半年以上続けられるのだ。
インターネット放送は格段に利便性が高い。
これをやっていると、時間を決めたラジオという価値は、どこにあるのだろうと思う。
この試みが実験だけで終了してしまえば、まさに時代への逆行であろう。
ところで、英語学習である。
英語は、テキストも、放送も、流れとしては、英文→訳文という流れである。
英語を聞いて、読んで、それを日本語としてとらえる。
でも、いつもこの流れだけなのは間違っているのではないだろうか、と私は思っている。
ためしに、逆をしてみる。
まず、日本語を読む、それから、英語を聞く、読むのである。
そうすると、何が違うか。
英語→訳文だと、最初の英語はわからない、そして、訳文から英語をとらえようとする。
そうすると、英語がますますわかりづらいものになる。
訳文→英語だと、訳文はもちろんすぐにわかるし、英語もわかるようになるのである。
あ、そういうふうに言えばいいのかということがわかる。
つまり、英語→訳文だと、英語は、わかりづらいもの、ととらえてしまう。
そこには、英語とは理解するもの、言葉とは理解するものという認識がある。
ところが、訳文→英語は、英語は、ああ、そういうのか、そういえばいいのか、英語ならそうしゃべればいいのか、というようにとらえる。
英語をそういうふうにしゃべればいいと納得できるのである。
この違いは大きい。
わかりづらいと、そういうものだと納得できるは、行って帰ってくる違いがある。
読者の方は、ぜひ、この両方を試してみてほしい。
どちらが楽しいか。
やはり、楽しくないと続かないのである。
とはいえ、「英語とは理解するもの」が間違っているわけではない。
私は、訳文→英語に比重をかけながら、両方やるほうがいいのではないかと思う。
そうすることで、しゃべることに重点をおきながら、理解する力もつけられるわけである。
これは、企画にも通じることだ。
逆のプロセスを考え、逆から考えてみる。
そうすることで、よい企画が生まれることがある。
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