企画・企画書のヒント−“なぜ”から考える99−なぜ、自分が見つからないのか?
それは“なぜ”なのか、理由がわかることで、見えてくることがある。あたりまえと思っていることでも、“なぜ”当たり前なのかはわからないことがある。そんな“なぜ”を、日常の世界から探し、考えることで、企画や企画書づくりのヒントにしようというのが、このシリーズの趣旨。
しかし、この、“なぜ”のその探究には、著者なりの主観や直観、推測、憶測、感覚、本能、そして何よりも企画マンとしての資質が含まれている。なので、読者の方は、ここに書かれていることを簡単に信じないで、自分なりにとらえ、解釈、思考、分析してから、自分の意見として採用するように。
●なぜ、自分が見つからないのか?
自分で何をやるかを決めないからである
<見方>
40歳をすぎても、自分がやることを決められず、いつも自分は何をやろうかということを考えている“大人”がいる。50歳を過ぎて、早期退職してから、細々と暮らしていけるからといって、家でゴロゴロしている“大人”もいる。こういう人は、案外例外ではないようだ。40にして惑わずというのは、ある一部の人たちのことなのである。
こういう中高年がいるなら、20歳や30歳を過ぎた人でも「自分が何をやっていいかわからない」などと言っても、別に不思議ではないのだろう。
豊かな時代に育ち、食べるもの、着るもの、遊ぶものの選択肢は無限にあるし、職業だって同じことである。だから、選ぶ必要などないし、選んでやるのは自分のほうである、と考えてしまう。
だから、私のところにも「重要な質問です!」というタイトルで、「パワーポインタのデザインテンプレート作成の御手伝いをしたいのですが、どの位の作成料が頂けるのでしょうか」という、これだけの文章のメールをよこす。住所も、電話番号も、基本的なプロフィールもわからず、スパムメールとしか思えないけれど、これ以前もこれ以後も同じメールは一切こないので、たぶん、私にコンタクトを取ろうという意思があったメールなのだろう。しかし、このようなメールは、スパムメール以外のなにものでもない。
「自分が何をやっていいかわからない」のは苦痛である。かといって、マザーハウスの山口絵里子氏のように、「自分は何をやるべきなのか」を常に考え、すごい勇気をもち、だれもが経験できないようなことをやりつつ、最終的に自分がやるべきことを見つけるのも、至難の技であろう。
しかし、考え方は簡単に、でいきたい。「自分が何をやっていいかわからない」という人に対しては、卓球の福原愛さんは、3歳のときに卓球をやると決めたのだから、大人のあなたが決められないわけがないというのはどうだろう。確かに、適性や能力ややりがい、楽しさなどは大切であり、それらを最大限考慮する必要はあるが、一番重要なのは“決めること”である。
ある程度年齢を重ねると、どんな職業でも、何をやっていても同じようにしかみえなくなる。それは、どんな職業でも、人とはどういうものであり、人に対して自分は何を提供するかということだけだからである。これは、すべてのビジネスに共通する。つまり、どんなことをやっても同じなんである。
しかし、自分が決めたことを、一流のプロとして実現するのは難しい。だから、早く決めて、ノウハウや技術を身につけ、せめてプロですねと呼ばれるようになる必要がある。
50歳を過ぎて、家でゴロゴロしているだけでは、あまりにも寂しい。
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