企画・企画書のヒント−“なぜ”から考える88−なぜ、おいしいのか?
それは“なぜ”なのか、理由がわかることで、見えてくることがある。あたりまえと思っていることでも、“なぜ”当たり前なのかはわからないことがある。そんな“なぜ”を、日常の世界から探し、考えることで、企画や企画書づくりのヒントにしようというのが、このシリーズの趣旨。
しかし、この、“なぜ”のその探究には、著者なりの主観や直観、推測、憶測、感覚、本能、そして何よりも企画マンとしての資質が含まれている。なので、読者の方は、ここに書かれていることを簡単に信じないで、自分なりにとらえ、解釈、思考、分析してから、自分の意見として採用するように。
●なぜ、おいしいのか?
自然、味覚、技、そして人の態度や状況が、おいしいという感覚を作りだすからである。
<見方>
おいしいというのは不思議である。人によって、おいしいものは違っても、なぜおいしいと思うのだろう。なぜ、おいしいと感じるのだろう。ケーキが好きな人にとって、なぜ、ケーキはおいしいのか? お寿司が好きな人にとって、なぜ、お寿司がおいしいのか? おいしいことを説明するのは、難しい。
ケーキもお寿司も焼き肉もメロンも納豆も、単にそういうものにすぎない。もともとは、小麦粉やお米や牛肉や果実や豆にすぎない。それを、人がおいしく食べられるように加工、調理したからおいしくなる。
でも、加工、調理しなくてもおいしいものは、たくさんある。最近、そのまま食べるものとして、私が凝っているものに、春なら、らっきょうがある。洗って、みそをつけて食べるだけ。からさが、とてもおいしい。といっても、スーパーで売っているのはダメで、カミさんの実家の畑で採れたものでないとおいしくない。自然そのものは、これほどおいしいものを作りだす。
この、おいしいというのは、舌で味覚を感じるからであるともいえる。甘さ、苦さ、辛さを、舌で感じることができる。ケーキは甘く感じられるからおいしい。甘さ、苦さ、辛さを組み合わせれば、多様で、微妙で、繊細なおいしさを楽しむことができる。
シーンが作りだす、おいしさというのもある。わかりやすい例でいえば、普段なんとも思わない水でも、2日酔いの朝や20キロ走ったあと、辛いカレーを食べているときの水は、とてもおいしい。
もっと簡単なところで、お腹がすいていれば、何を食べてもおいしい。おいしいと思いたければ、お腹をすかせばいいのだ。
おいしさとは、おいしさを作りだす自然と、おいしいと思う感覚、おいしさを求める技、そして、おいしさを作りだす自分の態度や状態からできているのである。
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