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2005年7月21日(木曜日)

走ることの快楽

カテゴリー: - hagiri @ 08時09分50秒

ほとんど毎日10分ほど、ストレッチや腕立てなどを
2年ぐらいやっているだろうか?

このくらいの運動は、
どこかを急にひねって痛めるなどの防止のためにしかならない
準備運動プラスアルファ程度です。

自分でもその程度の認識でやっていますし、
カラダを強くしたり、筋肉を増強したりするほどの体力をつける、
という強い必要性も感じてはいないので、
この程度になっているわけです。

ところが、この程度の運動では、
やはり自分にとっては不足なようで、
「走りたい」という衝動が強く出てきました。

それが1ヶ月前ですが、この1ヶ月で20日ほど、
1回30分ぐらい走っています。

もともと、子どもの頃から運動は好きなほうですから、
クラブ活動以外でも、1人で走ったり、
就職以降も、テニスをしたり、
スポーツクラブで走ったりしていました。

それが、ここ何年も、ぜんぜん走っていなかったので、
この衝動が出てきたのだと思います。

走り始めて、走ることは健康にもよいことですが、
それ以前に、もっと人にとって、
根源的なことではないかと思っていたことを思い出しました。

それは、人であるがゆえの動機みたいなものでしょうか。

今は、苦しいほどのペースで走らなくてもよい、
苦しくなったら歩けばよい、というレベルで走ればいいので、
とても楽しく走れます。

走る以前から、毎日スクワットを80回ほどやっていたのですが、
筋肉痛になりました。
やはり、スクワットと走る筋肉は違っていたのです。

走り始めると、足腰がしっかりしてくるのがわかります。
日頃の何気なく動いているときも安定感が出てきます。

全身を動かしているので、
頭のほうにもよい影響が出るような気がします。

私は、夕方走ることが多いのですが、ビールもおいしいです。
適度な疲労感は、過度になりがちで、
欲求として集中しがちな食欲も抑えてくれるような気がします。

そして、走ることで一番おもしろいことは、
走ってみないと、その日の調子がいいかどうかわからないことです。

調子がいいと、少しぐらいペースを上げでも、
ぜんぜん苦しくなく、とても気持ちよく走ることができます。

10代の頃、調子がよいと、
風を切るように早く走れ、
足、腕、腰と全身そのものが
これ以上ないくらいスムースに連携して動き、
呼吸するリズムが空気と一体化して、
それでも少しも苦しくないというときが、
ごくごくまれに不意に訪れるときがあるのですが、
このようなときは、
人の持っている根源的な力を感じることができたものです。
あの瞬間は、それまでのどんな苦しさも超越したものです。

そのレベルには届きませんが、今でも、
調子のよいときは、人としての力を感じることができるのは、
走ることの最大の快楽でしょう。

調子のよいときばかりでなく、悪いときは、
人にはいつも大なり小なり負荷のかかる存在であることも、
走っていると実感することができます。
歩くだけでは、この負荷を感じることはできません。

このように、走ることには、
いろいろな意味があるのです。

健康によい、という動機だけでは、
走ることの動機としては弱いのです。


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