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2004年5月22日(土曜日)

生まれ育った家、まだありますか?

カテゴリー: - hagiri @ 09時55分35秒

他人との距離感だとか、人の好き嫌いは
幼い頃の、自分と両親やだれかとの
どこかの時点での何かをきっかけに、
自分の中に成立したのでしょう。

同じように、食べ物の好き嫌いも、
根っこの部分では、
どこかの時点での食べたモノがきっかけで、
嗜好ができたのかもしれません。

その他いろいろ、親、兄弟はもちろん、自分でさえ、
誰にも把握できない自分らしいコトが、
実は私なのではないでしょうか?

だから、人は時には、
昔いた場所に戻ってみたい、と思うわけです。

ところで、話を現実に戻しますと、
1970年以前に生まれた人で生家が残っている人は、
実に20%以下というデータがあるそうです。

自分が戻ってみたい、と思ってみても、
実際に時を越えて子ども時代に戻ることができなくても、
それ以前に、戻る場所、家さえないわけです。

このような状況になってしまったのは、
さまざまな要因があるようです。

・政治的には、都市計画や市街地なんたらによる開発
・経済的には、土地信仰による建物軽視
・産業的には、住宅の商品ライフサイクルの短さ

それにより、家のスクラップビルドが、
とても早いサイクルで動いているわけです。

では、戻る場所がないこと、
それは何を意味しているのでしょうか?

戻るところがないから、
行くところもない・・・

なんか、とても抽象的な言い方なのに、
妙に説得力があるように感じます。

人にとって、住む場所がない状況はありえないのに、
そこに住む人の問題が軽視されている状況ですね。

ちなみに外国で、生家が残っている人の割合は、
50%とかという数字になる国が結構あるようです。

これを住宅メーカーに求めるコトは、
難しいのでしょうか?

求めるのは100年もつ住宅ではなく、
「いくつになっても戻れる家」。

それがムリだから、
人は、住む場所ではなく、自分自身の中に、
拠り所を自分で作らなければいけないのでしょうか?


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