それは“なぜ”なのか、理由がわかることで、見えてくることがある。あたりまえと思っていることでも、“なぜ”当たり前なのかはわからないことがある。そんな“なぜ”を、日常の世界から探し、考えることで、企画や企画書づくりのヒントにしようというのが、このシリーズの趣旨。
しかし、この、“なぜ”のその探究には、著者なりの主観や直観、推測、憶測、感覚、本能、そして何よりも企画マンとしての資質が含まれている。なので、読者の方は、ここに書かれていることを簡単に信じないで、自分なりにとらえ、解釈、思考、分析してから、自分の意見として採用するように。
脳トレには、明確な何かが欠けているのである。
<見方>
かつて、といっても、20年前くらいだろうか、作家の高橋源一郎氏は、「ゲームのドラゴンクエストはおもしろいか?」という問いかけをしたことがある。当時、ドラゴンクエストは人気ナンバーワンのRPGゲームだった。今もまだ、シリーズが出ているのだから、まだ、人気はあるのだろう。
私も、実は、ドラゴンクエスト1を、大学時代に、授業をさぼればよかったから、徹夜して1日で解決した。というか、はまってしまって、途中でやめられなかったのだ。同一の姿勢を取り続けると、腰や手に、今までなかったようなしびれが起きた。でも、こんなに一つのことに熱中したのは生まれて初めてのような気がした。
その後も、シリーズがでるたびにやってはいたが、最初の興奮は、だんだんなくなってきていった。そのときに、高橋氏の問いかけに出会った。
「ゲームのドラゴンクエストはおもしろいか?」という問いかけは印象的で、その答えは忘れてしまったが、今でも覚えているくらいである。それは、おもしろくないから、あるいは、おもしろいか、おもしろいかわからないから言っていたのであろう。そして、この問いは、でも、しかし、なぜかドラゴンクエストをやってしまう、という行為が前提にある。
そうすると、当然、なぜ、ドラゴンクエストはおもしろくないのか? という疑問にたどりつく。
ちょっと前に話題になった脳トレも、やってみると、このドラゴンクエスト感覚に似ていると思った。脳トレは、ドラゴンクエストよりも、より実用的なソフトである。自分の脳が鍛えられるのだから。
しかし、それは、スポーツクラブで鍛える筋力と、自分の労働で鍛えられる筋肉が違うことを思い起こさせる。あるいは、スポーツクラブのトレッドミルの上を走るのと、自分の好きな道を走るのは、どっちが好きかということか。さらに、テレビのクイズ番組で、正解率の高い人は、頭のよい人であるか、という疑問に通じるものがある。
結論を言ってしまうと、脳トレで鍛えられる脳は、生きられる脳とは違うということである。明確な何かが欠けている。それは、信念でもいいし、主張でも、哲学でもよい。
役に立たないわけではないし、それなりの意味はあるが、何かを動かそうという力がない。だからこそ、現代に合っているのかもしれないが。
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